ジャーナル·№ 01·2026.05.28

デザイナー 鹿庭葉子

1979年、乃木坂のブティックから、日本生まれのバッグブランドへ。

Yoko Kaniwa

1979年。女性の起業家がまだ珍しかった時代に、ひとりの女性が東京・乃木坂に路面のブティックを開きました。

美しいものづくりを求めて、彼女の旅はほどなくヨーロッパへ。パリのアトリエを訪ね、職人と直接向き合い、一点一点の仕上がりを自らの目で確かめてきました。彼女を導いてきたのは、移ろう流行を追うことではなく、直感と創造性、そして人とのつながりへの深い信頼でした。

そして今、株式会社B.O.Dを設立した彼女は、新たな章へと踏み出します。日本生まれのラグジュアリーバッグブランド、Tout est beauを世界へ。けれどもこれは、ファッションだけの物語ではありません。時と人生と文化、そして暮らしの美学が育む、静かな品格の物語です。

美意識を育てた、パリの日々

大学を卒業した鹿庭は、フランスへ渡りました。そこで出会ったのが、のちに彼女のものづくりの哲学となる価値観——「文化は日常の中にある」という気づきでした。

「フランスの人たちは、古いものを大切にしていました。歴史ある建物、美しく味わいを増した革、長く愛されてきたカフェ。時間そのものが、価値になるのです。」

この感性が、彼女のものづくりの鼓動となりました。Tout est beauが目指すのは、季節の流行を追うバッグではありません。女性が人生の豊かな時を重ねていくのに寄り添い、ともに美しさを深めていく存在です。

職人との対話から生まれるバッグ

「職人に直接会うことは、私にとって欠かせないことでした。人の生き方は、その手に表れるのです。」

この信念のもと、彼女は長年ヨーロッパを巡ってきました。パリからカンヌへ、カンヌからふたたびパリへ。そしてまた東京へ。革職人やテキスタイルの作り手、アーティストたちとの数えきれない対話を通して、美しいものへの想いを分かち合う人々と深い絆を結んできました。その想いは今、Tout est beauの中に息づいています。コレクションに込められているのは——

  • 日本とフランスの繊細な感性
  • 両国に根づく豊かな職人文化
  • 旅の記憶に宿る、静かな感情
  • ひとりの女性の品格

バッグは、単なるアクセサリーではありません。そばに携える、小さなアート作品なのです。

なぜ今、日本の手仕事を世界へ

「日本には今も、本当に素晴らしい手仕事が残っています。けれど、その本当の価値を、日本人自身が忘れかけているように感じるのです。」

革工芸、染め、織り、そして緻密な手仕事。日本には、世界で称えられるべき技術が数多くあります。けれども大量生産と効率化の波のなかで、その文化は静かに失われつつあります。だからこそ彼女にとって、このオートクチュールのバッグを世界へ届けることは、単なるビジネスを超えた意味をもつのです。

「私が届けたいのは、『Made in Japan』というラベルではありません。その背景にある文化や精神、そして人のぬくもりなのです。」

今を生きる女性たちへ

「今の女性たちは、たくさんのものを背負っています。それでも、しなやかに前へ進み続けている。完璧である必要はないと思うのです。迷った瞬間も、失敗した経験も、勇気をふりしぼったときも——そのすべてを含めた人生が、もう十分に美しいのですから。」

この想いこそが、Tout est beauの核にあります。これらのバッグは、人生という長い旅を歩んできた女性たちへ。そして、本当の品格は一朝一夕に手に入るものではなく、時とともに静かに育まれるものだと知る人たちへ捧げられています。